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『フランス現代思想 構造主義からデリダ以後へ』岡本裕一郎著

 現代思想といえば、フランスのイメージがある。だから第二言語でフランス語を選んだ。「〜チュール」というのは"-ture"のフランス語読み。現代哲学にはエクリチュールなど「〜チュール」という言葉が多い。まぁ、前置きはこのくらいにして、早速中身を見ていく。

 「はじめに」では、本書がフランス現代思想を1つの通史を見ていくものだと紹介されいている。レヴェ=ストロースの構造主義から始まりポスト構造主義に焦点を当てていると述べている。

 「フランス現代思想をどう理解するか」と題されたプロローグでは、ソーカル事件*1を取り上げ、その内容の大部分はフランス現代思想からの引用であった。このような事件を通し、頭が悪いのは彼らの主張を理解できない読書ではなく、フランス現代思想家たちの文章そのものが頭が悪く、理解不能であったと述べている。しかし、フランス現代思想においてソーカル事件は出発点であり、この問題点をどう捉えるかがフランス現代思想を無に帰するかかかっている。

 「レヴィ=ストロース*2の『構造主義』とは何か」と題された第1章は構造主義への疑問から始まる。彼の構造主義の誕生は、民俗学言語学そして数学との出会いで成立した。そして、「野生の思考」は西洋近代よりも進んでおり、現代数学や現代科学によってはじめて解明されるほど、レベルが高いことを力説した。(p38参照)また、レヴィ=ストロースサルトルの「弁証法的理性」は未開社会の親族関係論を取り込むことができていないと批判し、レヴィ=ストロースデリダによって「民族中心主義者」と批判された。このようなこともあったが、レヴィ=ストロースの確立した「構造主義」は厳密な数学的論証から、レトリカルな「構造主義的思想」へと変貌を始めた。皮肉なことにメディア脚光を浴びたのは後者の方であった。

 「構造主義的思想家たちの興亡ーラカン・バルト・アルセチュール」と題された2章では題名にもあるとおり有名な構造主義者たちを紹介している。また、彼らは度々ソシュール言語学に言及をしている。ラカンフロイト精神分析における構造主義について言及をし、バルトはソシュールへの回帰と現代の神話について言及した。アルチュセールマルクス主義について言及を行った。

 「構造主義からポスト構造主義へ–フーコー」と題された第3章はフーコーを取り上げ、ポスト構造主義について論じてある。フーコーの思想を理解するためにはフーコーの思想の変貌を追わなくてはならない。その時期を岡本は「(1)実在的人間の時期 第一の変化(『狂気の歴史』)(2)構造主義の時期:『臨床医学の誕生』、『言葉と物』 第二の変化(『知の考古学』)(3)権力論の時期:『監獄論と処罰』、『知への意志』 第三の変化(『快楽の活用』、『自己への配慮』)(4)自己と倫理への回帰」と分類している。

 「人間主義構造主義の彼方へ–ドゥルーズ=ガタリ」と題された第4章は、ドゥルーズがアンチ構造主義を宣言し、その流れを語りが作ったと述べられている。

 第5章ではデリダの思想が紹介されている。そして、6章では「ポスト構造主義以降の思想」と題され、「『指導的思想家』時代から『共同研究者』の時代へ」移り変わっていると述べられている。

 

 感想

 少しは哲学の知識はあるとはいえ、読んでいてよくわからなかった。最後はざっと読んだ。大学の講義で最近ニーチェサルトルはやり、そこの部分は理解ができたが他がさっぱり。うちには東浩紀の『存在論的、郵便的』や千葉雅也の『動きすぎてはいけない』などあるが、そもそも前提知識がないのになぜ買ったのか謎すぎる。若気の至り。やはり、哲学書や学問的な本は大学へ進学して知的基盤を身につける必要があると強く感じた本だった。